#2
ヴィンテージデスクを
現代にアップデート
佐渡島 庸平氏
株式会社コルク 代表取締役社長CEO
編集者 佐渡島 庸平 氏
新拠点での新プロジェクト
実は佐渡島さん、「もともとゆかりがあったわけではないんだけど、訪ねた時の印象がよくて」、現在福岡市に居を構えています。
ちょうどコロナ禍のタイミングでもあり、東京をはじめとする遠方との仕事も、福岡の自室から行うことが増えました。今回のプロジェクトは、デスクを中心に、空間そのものについて考えるものになりました。
過去と未来が交差する
デスク前にはパキスタンで購入した1700年前のガンダーラの仏像、壁には19世紀の作家チャールズ・ディケンズの小説の挿絵を額装したものや、葛飾北斎の手による北斎漫画が飾られています。マンガを仕事にする佐渡島さんに、その起源を意識できるように友人がプレゼントしてくれたもの。この壁は、いわば「過去」です。
別の壁には、ロケットがまさに発射される瞬間を収めた写真と、月面を歩く宇宙飛行士のパネルが飾られています。人気コミック『宇宙兄弟』を編集した佐渡島さんならではの作品で、この壁はいわば「未来」。
「過去と未来の間にあるデスクって、まるで現在みたいですよね。思考する場所として、このデスクをアップデートできればいいな」と佐渡島さん。
おじいさんとの共通点
デスクは、佐渡島さんの祖父がロンドンで購入し使っていたものです。
「僕のおじいさんはとてもユニークで、給料を全てアートにつぎ込んでいたような人。購入する対象は、高価なものから安価なものまでいろいろで、作品を買い支えていた作家の中には人間国宝になった人もいたと聞いてます」。
佐渡島さんは、文化を生業とする者として、おじいさんにシンパシーがあると話します。
過去にちょっとプラス
というのも、佐渡島さんは、作品というのは作家の才能だけによるものではなく、脈々と人々によって継がれてきた大きな流れに「なにかをちょっとプラスしたもの」と考えていて、おじいさんもまたそう認識していたように感じているからだと話します。
どんなに最高の才能を持つ人であっても、それは“他の人より少し余計に”プラスしているだけ。人気の有無は、その時たまたまそばにいた人や場所によって偶発的に決まるもので、自分もまた加え継がれていく文化の流れの一端にいる。「そう感じたときに、おじいさんの机を継ぐことの意味があるように思いました」。
失敗したデスクの仕組み
ところで、佐渡島さんにこれまで使ってきたデスクの思い出を尋ねると、経営する会社「コルク」での話をしてくれました。
社員のみんなが集う大きなデスクの真ん中に穴を設け、植物が置ける仕様をオーダー。忙しい社員にゆとりを感じてもらいつつ、整頓する動機になればと考えてのことでしたが、「結局みんな忙しさにかまけてデスクは散らかりっぱなし、植物も枯れちゃって。仕組みで動かすのが経営者だと思っていたのだけど、完敗でした」と笑います。
頭の中を探るのではなく
今回プロダクトデザインを担当するのは、CRITIBAの坂下和長さん。ソリッドでありながら、どこか詩的な趣きを感じさせるデザインを得意としています。実際の空間に身を置き、会話の中から佐渡島さんのニーズを探ります。
と、そこで佐渡島さんから一言。「コンセプトはしっかり伝えられたので、その上で坂下さんが『ここにあったらいいな』と思うものを作って欲しいんです。僕の頭の中にある答えを探らなくてOKです」。
さらに新たなオーダーも。「せっかくなので、この空間ごとアップデートしたいのでぜひ手伝ってください」。
自分がデスクににじみ出る
当初坂下さんは、古いものにどのように手を加えるかを悩んでいました。「これまでに重ねてきた年月を尊重しながら、同時にどのように大胆に扱うか。そのラインの見極めが肝になりそうです」。
そうして坂下さんが描いたのは、木のデスクの前面に、金属のシェルフを取り付けたデザインでした。「質がいいものなので、デスクそのものをバラしたり加工したりするのはもったいない。過去と未来の真ん中にあるデスクなので、一見違和感のあるハイブリッドなデザインが似合いそうだと思いました」。
さらに「デスクシェルフにはその時の自分をプレゼンテーションする本を並べて欲しい」と提案。本を読み編むことを日常にしている佐渡島さん自身が、デスクににじみ出てくるようなアイデアです。
時を刻むデスク
できあがったデスクシェルフは、金属の上にさらに天板をあしらったものになりました。素材は、強度と加工のしやすさ、質感の観点からスチールが選ばれました。そして木はニヤトーを使用。最近はあまり使われなくなりましたが、時間の経過とともに深みを増すおもしろい素材で、“一つの空間で時間の流れを表現する”というコンセプトにピッタリです。
コンセプトを補完する2つのシェルフ
坂下さんは、他にも部屋に置くシェルフを2つデザインしました。一つは、オーク材を使い、ブラウンのガラスで間仕切りをしたブックシェルフ。一見シンプルな形に見えますが、一つひとつのスペースが確保されつつ隣のスペースとゆるくつながるデザインは、置かれたものが意味を持って緩くつながり合うこの空間にピッタリです。
もう一つは、ミルを置き、そこでコーヒーを淹れるためのコーヒーシェルフ。こちらはオーク材と銅を合わせました。「この部屋に元からあった、銅のランプとディフューザーにインスパイアされました。銅というのは最初は赤くてピカピカした美しさですが、時間が経過するとともに、手と馴染んで渋みを増します。デスクのニヤトーとともに、時を刻む素材です」と坂下さんはその意図を説明します。
知らない自分と出会うには
プロジェクトを通して、自分の感覚については話しても、いわゆる“発注”をいっさいしなかった佐渡島さん。「最近偶然性に身を任せて新しいものに出会うのが、とても楽しい。今回も、坂下さんの考えに自分の頭や身体をなじませていく感じが新鮮でした」。
確かにできあがったデスクを前に「このデスクだったら、パソコンを置かない働き方を考えたいな」「天板がコーヒーテーブルのように使えるから、人とデスクを囲めそう」と、自分の行動が変化することを楽しんでいました。
知らない人と出会うことは、知らない自分と出会うこと。同じようにして出会った、プランツの師匠とともに考えたマンションの一室でも奥行きを感じる植栽を眺めながら、コーヒーの師匠から教わったミネラルたっぷりのお湯で淹れた一杯をいただいていると、佐渡島さんが実践していることのかけらが体感できるような気がしてきます。
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